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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)3666号 判決 1969年5月26日

原告(昭和四一年(ワ)第三六六六号事件原告同年(ワ)第六一二二号事件被告) 山下ハツヱ

昭和四一年(ワ)第三六六六号事件 右補助参加人 中田勇

右両名訴訟代理人弁護士 並木敬夫

被告(昭和四一年(ワ)第三六六六号事件被告同年(ワ)第六一二二号事件原告) 昭栄土地株式会社

右訴訟代理人弁護士 菊地博

同 小原美直

主文

昭和四一年(ワ)第三六六六号事件原告の第一次的請求を棄却する。

同事件被告は同事件原告に対し、同事件原告から二〇一万八三四七円九三銭とこれに対する昭和四一年一月二五日以降その支払いがあるまで年一割五分の割合による金員の支払いを受けるのと引換えに別紙物件目録記載(一)、(二)の建物につき昭和四〇年八月二五日東京法務局江戸川出張所受付第二八一六四号をもってした抵当権設定登記、同第二八一六五号をもってした停止条件付所有権移転仮登記、第二八一六六号をもってした停止条件付賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をしなければならない。

同事件原告の同事件の第二次的請求中その余の請求を棄却する。

昭和四一年(ワ)第六一二二号事件被告は同事件原告に対し、別紙物件目録記載(一)の建物を明渡さなければならない。

同事件原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分してその二を昭和四一年(ワ)第三六六六号事件原告(同年(ワ)第六一二二号事件被告)の負担としその余を同年(ワ)第三六六六号事件被告(同年(ワ)第六一二二号事件原告)の負担とし、参加によって生じた費用は三分してその二を参加人のその余を昭和四一年(ワ)第三六六六号事件被告(同年(ワ)第六一二二号事件原告)の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

(原告の第一次的請求について)

本件建物につき、被告のために

(1)  所有権移転登記。

(2)  同法抵当権設定登記、所有権仮登記賃借権仮登記が各なされていることは当事者間に争いがない。

被告は、右各登記は、被告において、訴外平田を原告の代理人として、原告に対し、昭和四〇年八月二五日二五〇万円を貸付け、その担保の目的でなされたものである旨主張し、原告は一旦これを自白したがその後右自白を撤回してこれを否認する。

右撤回について被告に異議があるのでまずこの点について検討する。

<証拠>によると次のような事実が認められる。

原告は、昭和三九年一二月頃訴外平田の求めにより、同訴外人のために、本件建物を担保として他から金借することとしこれを同訴外人に一任していたところ、訴外平田は被告から金借することとしてその話を取りまとめたうえ原告の了解を求めた。

原告は、銀行から金借するものとばかり思っていたので不動産業者である被告から金借するについて不安を持ったが、訴外平田の頼みにより不本意ながらこれに応ずることとし、同月二三日被告から二〇〇万円を原告を借主として借り受けた。

その際、右債務の担保のため、被告のために、本件建物につき、停止条件付代物弁済契約、抵当権設定契約、停止条件付賃借権設定契約をし、その旨の各登記を了した。

しかし、原告としては、被告から高い利息で金借していることに絶えず不安を持ち、訴外平田に対し、速やかに、銀行に借り換えるよう要求していたところ、昭和四〇年八月頃に至り、同訴外人より東京第一相互銀行本所支店より融資を得られるようになったので、被告に対する右債務を弁済したうえ本件建物を右銀行に担保に差し入れて、同銀行より金借したい旨の申入れを受け、原告はこれを承諾した。

そこで、訴外平田は、被告に対する右債務を弁済したうえ被告のために設定した前記各登記の抹消を得たが、引続き右銀行からの金員借入れについて原告から一任されて、本件建物の登記済権利証、原告の印鑑証明書、白紙委任状および印鑑登録済みの印類の交付を受けてこれを保管していた。

ところが、当初予定していた右銀行からの融資が早急には得られなくなったため、訴外平田は、いずれ早い機会に同銀行から融資を得て借り換えるつもりで、原告には無断で、再び本件建物を担保として被告に金借を申し入れた。

その結果、昭和四〇年八月二五日、訴外平田を原告の代理人として、被告との間で、原告を借主、被告を貸主として、貸付金額二五〇万円、弁済期昭和四一年二月二四日、利息一ケ月につき五分毎月末日払のこと。利息の支払を怠ったときは期限の利益を失うとの金銭消費貸借契約をし、右債務を担保する目的で、右債務の不履行を停止条件とする代物弁済契約および賃借権設定契約、抵当権設定契約が各なされ、訴外平田が交付を受けていた前記各登記関係書類を使用して各登記手続をなした。

以上のとおり認められ、被告代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前記認定に供した各証拠に照らし採用しない。

そこで右認定したところによると、昭和四〇年八月二五日の金銭消費貸借契約は、原告の意思によらないものというべく、右消費貸借契約について、原告がした自白は、明らかに事実に反するもので本件における原告の抗争の経過からすると右自白は錯誤によってなされたものと認められる。よって、原告の右自白の撤回は許されるものというべきである。

そして、被告主張の金銭消費貸借契約が被告と原告との間で成立したものと認め難いことは右認定したところによって明らかである。

しかし、右認定した事実、すなわち、原告において訴外平田に対し、同訴外人が訴外東京第一相互銀行より本件建物を担保として金借するについて代理権を与えていたこと、そのために本件建物の登記済権利証、原告の印鑑証明書、これに付合する原告の印類、白紙委任状などを訴外平田に交付していたこと、原告は右貸借に先立ち、昭和三九年一二月二三日にも被告から、本件建物につき停止条件付代物弁済契約、停止条件付代物弁済契約、停止条件付賃借権設定契約、抵当権設定契約をし、その旨の登記をしたうえで二〇〇万円を借受けていることなどの事実のほか、<証拠>を総合すると、右最初の借受けの際も、訴外平田において原告に代って被告と交渉し、契約の内容について事実上の取り決めをしていること、右貸借については、被告代表者において直接原告に面接して、訴外平田との間で進められた消費貸借契約が原告の真意に反しないことを確認していることなどの事実が認められる。

そこでこれらの事実を総合すると、訴外平田が、原告の代理人としてなした右金銭消費貸借契約ならびにこれに附随してなされた、前記各停止条件付代物弁済、抵当権、停止条件付賃借権の各設定契約は、訴外東京第一相互銀行との間でなすべき金銭消費貸借契約のために与えられた代理権の範囲を超えてなしたもので、且つ、原告において本件建物を担保として金借するにつき、訴外平田に対し代理権を付与した旨を一般的に表示したもので、被告において、訴外平田に、被告との間で、原告を代理して右金銭消費貸借契約をするにつき正当な代理権があるものと信じた点につき正当な理由があるものということができる。

よって、訴外平田か原告の代理人として、原告との間でなした右各契約が、表見代理として原告がその責に任ずべきである旨の被告の主張は理由がある。

<証拠>によると、被告代表者張替昭次郎は、昭和四一年二月二、三日頃原告に対し、原告の債務不履行を理由として、本件建物に対する前記停止条件付代物弁済契約に基づく権利を行使する旨の意思表示すなわち代物弁済予約完結の意思表示をし、先に昭和四〇年一一月頃訴外平田を通じて、代物弁済による所有権移転を生じた際の所有権移転登記手続に使用する目的で交付されていた白紙委任状、印鑑証明書等の必要書類を用いて所有権移転登記手続をしたものと認められ、原告本人尋問の結果中これに反する部分は採用しない。

そこで、右意思表示の当時、原告に債務不履行を生じていたか否かについて検討する。

右金銭消費貸借契約において、原告が各月末日に支払うべき利息の支払いを怠ったときは原告が期限の利益を失う旨の約定があったことは既に判示したとおりである。

<証拠>によると、原告(実際の支払いに当っていたのは訴外平田)は、昭和四〇年一二月末日に支払うべき利息の支払いをしたが、同年一月末日に支払うべき利息の支払いをしなかったので、被告代表者張替は、再三にわたり訴外平田を通じ、或は原告直接に利息の支払を求めたが、原告は訴外平田に任せてあると答えるのみでこれに応じなかったものと認められる。

原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できない。

してみると、被告において、右代物弁済予約完結の意思表示をした当時において、原告は、約定により期限の利益を失い、履行遅滞に陥っていたものというべく、右意思表示はその要件に欠けるところはないというのほかない。

よって、原告の再抗弁(公序良俗違反権利乱用)について考える。

先ず主張のうち(1)については既に期限の利益を失っていたことは前判示のとおりであるから、右主張は当らないものというべきである。

次に主張(2)については、既に支払いのあった利息が利息制限法の制限を超えるものであることは原告主張のとおりであるが(この点については第二次的請求原因について後に判断するとおり)、かかる超過利息の支払いがあったとしても、超過部分は残元本の一部に充当されるべきものであって、未発生の利息の支払いに充当すべきではないからこの点の主張も理由がない。

主張(3)については、仮に、原告において、弁済の準備中の事実があったとしても、そのような事実があっただけで、代物弁済予約完結の意思表示を権利の乱用ないしは公序良俗に反するものということはできない。

主張(4)についても、原告主張のように本件建物の時価が六〇〇万円を超えるとしても、右貸金債権額(予約完結の意思表示のあった当時の残額については後に判示するとおり)と対比し、且つ、右代物弁済契約が、後に判示するとおりいわゆる清算関係を残す趣旨の代物弁済と解せられる以上、右事実をもって直ちに公序良俗に反するものということはできない。

以上個々の主張について、それぞれその主張が理由がないと解せられるばかりでなく、右各主張事実を総合してもまた、権利乱用ないしは公序良俗に反するものとは考えられない。

以上のとおりであるから、被告のその余の主張について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないものというべくこれを棄却する。

(原告の第二次的請求について)

原告を借主とし、被告を貸主として、原告と被告との間に、昭和四〇年八月二五日、貸付金額二五〇万円、弁済期昭和四一年二月二四日、利息一ケ月一分二厘五毛(年一割五分)とする金銭消費貸借契約がその効力を生じていることは、第一次的請求について判示したとおりである。

そして、右貸金債務を担保する目的で被告のために本件建物につき抵当権設定登記、所有権仮登記、賃借権仮登記の各登記がなされていることは当事者間に争いがない。

そこで、原告の弁済の抗弁について判断する。

<証拠>を総合すると、被告は右貸付に際し一ケ月分の利息として一二万五〇〇〇円を天引したこと、その後昭和四〇年九月二四日に一二万五〇〇〇円を、同年一〇月中に一二万五〇〇〇円を、同年一一月中に一二万五〇〇〇円を、同年一二月末日頃一二万五〇〇〇円をいずれも利息として各支払ったことが認められ被告本人尋問の結果中右に反する部分は採用しない。

そこで、右支払い済みの利息につき、利息制限法一条一項、二条に従って算出した制限利息額を超える部分を、元本の弁済に充当して計算すると別紙計算書(二)のとおりとなり、昭和四一年一月二五日現在における元本残額は二〇一万八三四七円九三銭となる。

そして、前記争いのない各登記、およびその登記原因である各契約が、右金銭消費貸借契約上の債務を担保する趣旨でなされたものであることは弁論の全趣旨に照らし明らかなところであり、右停止条件付代物弁済契約が、債権担保の目的でなされたこと、抵当権設定契約を併せてなされていることなどの点からすると、右停止条件付代物弁済契約は、被告において、代物弁済により本件建物を取得した後も、被告は担保物たる本件建物を処分してその代価をもって残債務に充当し清算する義務を負うものであるというべきである。

従って、被告に対する所有権移転ならびにその旨の登記も右清算の手段としてなされるに過ぎないものでありその清算手続が未了で、本件建物の所有権が被告のもとにある限りは、原告は残存する全債務を弁済をして、右所有権の返還と担保のために設定した各登記の抹消を求めることができるものというべきである。このように解するとすれば代物弁済の予約完結により、本件建物の所有権が被告に移転していることは前判示のとおりであるが、原告が右残債務全額の弁済をするときは本件建物の所有権は原告に返還されるべき筋合であるから右弁済と引換えに、(本訴においては所有権移転登記の抹消を求めていないので)右各登記の抹消を求めることができるものと考える。

ところで、原告は、代物弁済により所有権移転登記のされた昭和四一年二月七日を基準とし、同日現在における残債務額を一九二万八八六六円であると主張して、同金額の弁済と引換えに右各登記の抹消を求める。

しかし、代物弁済による所有権移転をもって、弁済があったものというべきではないから同日を基準とするのは理由がなく、最後の弁済によって昭和四一年一月二四日現在の残債務額が二〇一万八三四七円九三銭となることは既に判示したところである。

従って、原告が右各登記の抹消を求めるためには、少くとも右二〇一万八三四七円と、これに対する昭和四一年一月二五日以降その支払いが済むまで、約定利率年一割五分の割合による遅延損害金の支払いをしなければならないものというべきである。

原告の申立は、結局するところ、残債務全額の支払と同時に右各登記の抹消を求める趣旨に出たもので、右支払を命じられる金額が、申立の金額を超えても申立の本来の目的には反しないものと認められる。

よって、原告の申立中右二〇一万八三四七円九三銭と、これに対する、昭和四一年一月二五日以降その支払いが済むまで年一割五分の割合による金員の支払いをするのと引換に、右各登記の抹消を求める限度でこれを認容し、右金額に満たない部分についてはこれを棄却する。

(被告の建物明渡の請求について)

被告が、本件建物の所有権を代物弁済により取得してその所有者であることは原告の第一次的請求について判示したとおりである。

原告が本件建物を占有している事実は弁論の全趣旨に照らして争いがないものと認められる。

他に、原告において、本件建物を占有すべき正当な権原があるものと認めるに足りる何らの主張も、立証もないから、被告の請求は理由がある。

賃料相当額の損害金の支払いを求める点については、全証拠を検討しても、適正な賃料額を認めるに足りる資料がないからこれを認めることができない。

(結論)

以上のとおりであるから、抹消登記事件については、第一次的請求を理由がないものとして棄却し、第二次的請求中原告において引換え支払うべき金額について前判示の限度でこれを認容し、建物明渡事件については、建物の明渡を求める部分についてのみ理由があるので認容し損害金の支払いを求める部分については棄却する。

なお、仮執行宣言の申立については、相当でないと思料するのでこれを付さない。<以下省略>。

(裁判官 川上正俊)

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